学校のいじめをどうやってなくすか。
2012年 07月 21日
大仰なタイトルを挙げたわりに、暗中模索といったところだ。
その前に、学校とは何か? ここからスタートすべきだと思う。
学校とは、
勉強をする。大人になるとわかるが、学べる環境にいるというのはとても幸せなことだ。
身体を作る。スポーツを通して、大人になる身体を作っていく過程の途中だからね。
心を養う。友達との関係に楽しみ、悩み、傷ついたり、そういった人との関わり全般。
そこに教師ができることは、ほんの手助けではないだろうか。
教師にできないことは限りなく多い。私はそう思う。大人になったいまだからわかること。
子供のころは違う。子どもの目からみる教師は絶対的な存在だった。正しい存在だった。
いじめを見抜けない先生。
これは、わからないでもない。
ぼんやりしかみえないが、いじめと遊び、というのは、本当に区別がつきにくいはずだ。
数人で固まり、囲うような感じだからだ。
誰からも話しかけられない、無視されるようないじめのほうがわかりやすい。
昔はそんないじめも多かった。
いつも、ひとりぼっち、そんな子が教室にいたはずだ。
話を戻そう。
遊びに見間違えるいじめ。
私のクラスで、いじめ問題なんかあっては困る。そういう恐れの感情が先走るのはあるだろうか。
駄目な教師のレッテルを貼られたくない。ドラマのような問題を解決していく教師は、本当は駄目な教師なのだと。
守りに入ってしまう。
いじめる生徒は、遊びという守り。
担任は、自分の仕事の守り。
学校は、評判からの守り。
教育委員会は、市や県などからの守り。
人は誰しも自分を守りに入る。これは生き抜く、戦いの基本だから。本能なのだ。
守る体制を捨て去らなければ、いじめ問題とは向き合えないだろう。
今日は、六切り写真を贈った。
こんな大判を人にあげるのは初めてだ。
その前に、学校とは何か? ここからスタートすべきだと思う。
学校とは、
勉強をする。大人になるとわかるが、学べる環境にいるというのはとても幸せなことだ。
身体を作る。スポーツを通して、大人になる身体を作っていく過程の途中だからね。
心を養う。友達との関係に楽しみ、悩み、傷ついたり、そういった人との関わり全般。
そこに教師ができることは、ほんの手助けではないだろうか。
教師にできないことは限りなく多い。私はそう思う。大人になったいまだからわかること。
子供のころは違う。子どもの目からみる教師は絶対的な存在だった。正しい存在だった。
いじめを見抜けない先生。
これは、わからないでもない。
ぼんやりしかみえないが、いじめと遊び、というのは、本当に区別がつきにくいはずだ。
数人で固まり、囲うような感じだからだ。
誰からも話しかけられない、無視されるようないじめのほうがわかりやすい。
昔はそんないじめも多かった。
いつも、ひとりぼっち、そんな子が教室にいたはずだ。
話を戻そう。
遊びに見間違えるいじめ。
私のクラスで、いじめ問題なんかあっては困る。そういう恐れの感情が先走るのはあるだろうか。
駄目な教師のレッテルを貼られたくない。ドラマのような問題を解決していく教師は、本当は駄目な教師なのだと。
守りに入ってしまう。
いじめる生徒は、遊びという守り。
担任は、自分の仕事の守り。
学校は、評判からの守り。
教育委員会は、市や県などからの守り。
人は誰しも自分を守りに入る。これは生き抜く、戦いの基本だから。本能なのだ。
守る体制を捨て去らなければ、いじめ問題とは向き合えないだろう。
今日は、六切り写真を贈った。
こんな大判を人にあげるのは初めてだ。
by kaseno-sanpo
| 2012-07-21 19:42
| 思うこと